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東京高等裁判所 平成11年(う)33号 判決 1999年8月26日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人大熊裕起作成名義の控訴趣意書及び同補充書記載のとおりであるから、これらを引用する。

二  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反及び再審事由の主張について

1  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、

(一)  原判決は、罪となるべき事実第四として、被告人が、平成一〇年八月一〇日(以下「平成一〇年八月一〇日」の表記は省略する。)午前一時四六分ころ、千葉県船橋市内の空き地に止めた乗用車内において大麻樹脂〇・六五一グラムを所持したとの事実を認定判示し、被告人から押収した大麻樹脂二塊(原庁平成一〇年押第二〇五号の1及び2(当庁平成一一年押第六七号の1及び2))(以下「本件大麻」という。)等を認定のための証拠としている。しかしながら、本件大麻はいずれも、警察官らが、法的な根拠もないのに、被告人の乗用車の窓ガラスを叩き割り、被告人の顔面を警棒で殴打するなど激しい暴行を加え、後ろ手錠をするなどした結果、押収されたものである。その押収手続には重大な違法があるので、本件大麻のほか、これに関する捜索差押調書(原審検察官請求証拠番号甲第二号。以下、甲乙の番号は原審検察官請求証拠番号を、検の番号は当審検察官請求証拠番号をそれぞれ示す。)、鑑定嘱託書(甲第五号)、鑑定書(甲第六号)、写真撮影報告書(甲第八号)については証拠から排除すべきものである。

(二)  また、原判決は、罪となるべき事実第三として、被告人が、午前一時一五分ころ、同市内の路上に止めた乗用車内において覚せい剤を使用したとの事実を認定判示し、被告人が提出した尿の鑑定書(甲第一四号)等を認定のための証拠としている。しかし、右尿は被告人が前記違法捜査の影響から脱していない状況下において、違法な身柄拘束を利用して任意提出したものであるから、右鑑定書のほか、任意提出書(甲第一一号)、領置調書(甲第一二号)、鑑定嘱託書(甲第一三号)については証拠から排除されるべきものである。

(三)  したがって、証拠能力のない本件大麻や各鑑定書等を証拠として採用し、これに基づき原判示第三、第四の各事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。そして、前記警察官らの違法行為に関しては、被告人の原審においては述べていない新供述及びこれを裏付ける乙山花子こと乙花子(以下「花子」という。)の新供述によって裏付けられるので、これらは原判示罪となるべき事実第三、第四の各事実について、被告人に対し、無罪を言い渡すべき新規かつ明白な証拠に当たるから、再審を請求することができる場合に当たる事由があるというのである。

2  そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討することとする。

(一)  関係各証拠、とりわけ当審証人堂新橋広輝の供述等によると、被告人が、本件大麻を警察官に差し押さえられ、尿を提出するに至った経緯やその前後の状況等について、次のような事実が認められる。すなわち、

(1)  千葉県船橋警察署生活安全課所属の堂新橋広輝巡査部長は、午前零時過ぎ、花子の義父からの通報で、同署飯島秀治巡査部長と共に同女方に赴き、同女から、家出して被告人と覚せい剤を使用し、自動車等を盗むなどしていたが、今、被告人は盗んできた自動車を同女方付近に止めて待っており、車内には覚せい剤がある旨の供述を得た。そこで、堂新橋は、船橋警察署警察官五名の応援を得て、午前一時一九分ころ、飯島と共に花子の案内で原判示千葉県企業庁用地に赴くと、同用地内舗装部分に駐車中の普通乗用自動車があり、その運転席に被告人が座っているのを発見した。そこで、堂新橋は花子と近寄り、約一〇センチメートル開いていた運転席の窓越しに、警察手帳を示しながら「警察の者だ。聞きたいことがあるので降りてきてくれ」と声を掛けて職務質問を開始した。

(2)  被告人は、暫く押し黙っていたが、「花子、サツへ売ったな」などと叫ぶや、同車のエンジンを掛け、窓を閉め、ライトを点け、急に同車を後退させて後方の道路に出ようとした。ところが、その道路への出口を捜査用車両及び通行中の一般車両が塞ぐ状態であったため、被告人の車両は、一旦停止して前進に転じたが、再び後退して停止した上、改めて直進して前方の前記舗装部分の両側にあった数台の駐車車両の間を加速しながら通過し、その際、駐車車両二台に自車の側面を接触させ、右各車両側面に擦過損を生じさせた。

(3)  被告人は、さらに加速させながら前記用地内に設けられているゲートボール場を突っ切り、草むらを時計回りに約一〇〇メートル走行し、同用地南西角にある高さ約一メートルの金網フェンスを突破して逃走しようとして、右フェンスに自車前部を激突させ、右フェンスの上部鉄枠を道路側に倒れ込ませるなどの破損を加えたが、その手前の窪みに車輪がはまって走行が困難な状況になった。

(4)  堂新橋ほか警察官五名は、被告人の車両を走って追いかけ、前記激突箇所付近で追い付き、運転席に近づいて車両を停止するよう大声で繰り返し求めたが、被告人は、これに応じることなく、エンジンを吹かしながら、同車を前進、後退させようと繰り返し試み、車体を前後に揺らしていた。そこで、警察官の一人が警棒(三段式)の柄の部分でドアがロックされている運転席側窓ガラスを突くように叩いてこれを破壊した。

(5)  それでも被告人がエンジンを吹かし続けて逃走を図ろうとし、下車する様子を見せなかったので、その警察官はガラスの割れた部分から手を入れて被告人の首の辺りを押さえ、他の警察官が手を入れてドアロックを内側から外してドアを開け、ハンドルにしがみつくようにして抵抗する被告人を二名の警察官が、その肩などを押さえて車外に引きずり出した。この時点で警察官がエンジンを切った。

(6)  警察官三名は、車外に出されても大声を出しながら手足をばたつかせるなどする被告人の背中に膝を乗せ、腰、首を押さえるなどして、その場にうつ伏せに押さえつけたが、なおも被告人が大声で喚き、激しく同様の暴れ方をするため、被告人の両手を後ろに回して手錠をかけた。そして、警察官らが静かにするように説得を続けたところ、被告人は手足をばたつかせるのを止めるなど少し落ち着いてきた。その時点で、被告人を立ち上がらせた。

(7)  そこで、堂新橋は、花子から聴取した内容を踏まえて覚せい剤に関する質問を開始した。被告人は、当初は首を左右に振るなどしてすぐには応じなかったが、やがて、車両内のコンソールボックスの辺りに置いてある電球の中に覚せい剤を溶かした水が入っていると言い、そのとおり、ストローを取り付けた電球に水溶液が入った物が発見された。試薬による予試験では顕著な反応までは認められなかった。

(8)  次いで、堂新橋が「ほかにないか」と尋ねると、被告人が助手席に置いてあるトランク内のタバコケースの中にチョコ(大麻樹脂)があると言うので、被告人の承諾を得た上確認したところ、そのとおり透明ビニール袋とアルミホイルに入った本件大麻二塊を発見し、その場での予試験を経て、被告人を大麻所持の現行犯人と認めて、午前二時四分逮捕するとともに、本件大麻等を差し押さえた。その際、被告人は「分かっているよ、車のガラスを割ることはないだろう」などと言ってふてくされた態度を示したが逮捕には応じ、逃げないと述べた。この時点で、被告人の後ろ手錠を外し、身体の前側で手錠をかけ直した。

(9)  堂新橋は、被告人を午前二時四〇分ころ、船橋警察署に引致した上、大麻所持の被疑事実について弁解録取書を作成した。その際、被告人は被疑事実を認め、素直に署名指印したが、その後、ガラスを割ることはないだろう、殴ることはないだろう、髪が抜けてしまったなどと不満を述べたのに対し、堂新橋が、警察官が故意に被告人を殴ったことはない、被告人の逃走の仕方がひどいので、警察官も危険であれば多少力が入ることもあるなどと説明した。その後、尿の任意提出を促がされた被告人は最初のうちは渋っていたが、間もなく納得して関係書類に署名等をし、午前三時五八分ころ、同警察署の三階男子便所において、自分の尿を排出し、これを任意提出した。そして、その尿及び本件大麻について、それぞれ鑑定が行われた結果、尿からは覚せい剤が検出され、また、本件大麻は原判示認定の量の大麻であることが判明した。

(10) 被告人は、前記のように警察官が窓を壊して身柄を拘束した扱いについて当初は不満を懐いていたものの、その後の取調べや原審公判廷では、全くそのことについて述べていない。

(11) なお、被告人は船橋警察署に引致後留置される前とその翌日に、病院の医師の診察を受けた。診察の結果、被告人の負傷は、顔面挫傷及び腰部打撲と診断され三日分の止血薬をもらったが、顔面の傷はその後自然治癒した。被告人は、当審弁護人に述べるまで、本件起訴後の勾留場所となった千葉刑務所の職員等に身体の症状等を申告することはなかった。また、逮捕後被告人の左後頭部辺りの頭髪がある程度抜け落ちたが、右刑務所に移った際には治っていた。

(二)  ところで、前記(一)の(4) ないし(8) において認定した被告人の車両が立往生して、被告人が運転席から降ろされ、本件大麻が発見されるに至るまでの状況について、被告人は右認定事実と異なる供述をしている点があるほか、証人堂新橋の供述と大きく食い違った供述をしている部分がある。すなわち、

(1)  被告人は、当審公判廷において、おおむね、次のような趣旨の供述をしている。すなわち、自分は、自車が窪みにはまって前後に動かそうとしていると警察官四、五人が追いかけて来るのが見えたので、ハンドルから手を離して両手を挙げるようにし、運転席横に来た警察官の方を向いて「抵抗はしない」と大声で言った。ところが、その警察官は、警棒を握って五、六回運転席側の窓ガラスを叩いて割った上、一歩前に出る感じで、警棒の柄の部分でガラスを割るのと同じやり方で、右目下の鼻の横辺りを殴った。そして、全く抵抗していないのに、警察官たちに髪の毛をつかまれて車から引きずり出され、殴られたり小突かれたりしながら車の後ろに連れて行かれ、五、六人の警察官に、髪、胸ぐら、腕を強く押さえられ、正座するような姿勢から前屈みになるようにうつ伏せにさせられ、左後頭部の髪の毛をつかまれたまま顔を地面に押しつけられ、右腕をねじり上げられるなどして、五ないし一〇分位、地面にうつ伏せに押さえつけられた上、背中を蹴られ、後ろ手錠をされた。自分は引きずり出されてから「抵抗しないと言っているだろう。何で殴るんだよ」などと言い続けていた。後ろ手錠のまま、起こされるとすぐ「覚せい剤があるだろう」などと聞かれ、拒めばまた殴られるかもしれないという恐怖心で一杯だったので、覚せい剤のことを話したが、「ほかにもあるだろう」と聞かれたので大麻のことも正直に話した。顔をハンドルにぶつけたことはないし、顔の出血は警察署に着いても続いていた。警察官から受けた暴行で、左後頭部辺りに五〇〇円硬貨大のはげができ、鼻は蓄膿症のようになったし、殴られた腰も寒くなると痛む。その後の取調べの際や第一審公判では警察官の暴行については言わなかった。それは、原審弁護人に話したが、「それはそれで別に……後で」などと言われたこともあり、自分の罪と警察官の行為は別のもので、裁判が終わったら別途に訴えなければならないと思っていたこと、最初、自分が逃げたから仕方がないと思っていたこと、当審弁護人から聞いた違法収集証拠の問題などは知らなかったことなどからである。

一方、堂新橋は、被告人の述べる右の点について、次のような趣旨の証言をしている。すなわち、被告人が鼻の右側上部に負傷し出血したことには被告人を下車させる際に気付いたが、ひどいものではなく、血は固まって止まっているような感じで、血がだらだら流れたり、傷が開いて血が滴り落ちることはなく、傷口を押さえたり、拭ったりする必要も認めなかった。現場で車両内を確認した際、何滴か血液が落ちていたが、地面に落ちたものは認められず、被告人や警察官の着衣に血液が付着することもなかった。負傷の原因は、フェンスに相当なスピードで激突したときに車内のどこかにぶつけたか、ガラスを割った警棒が勢い余って顔に当たったか、下車させる際に、割れたガラスの破片に触れて切れたか、判然としないが、警察官が故意に警棒で被告人を殴ったことはない。髪が抜けたのも、長髪だったので、体を押さえる時に一緒につかむ形になって引っ張ったためと思う。なお、後ろ手錠をした経緯は前記(一)の(5) 及び(6) で認定した事実関係と同旨の証言をした上、被告人は少し落ち着いてからは素直に答えていたが、真夜中で暗く逃走されると困ることと、それまでの激しい抵抗から考えて、更なる抵抗の抑止と逃走防止のため、職務質問に伴う制止行為として許容されると考えて、逮捕するまで後ろ手錠は続けていたという趣旨のことを述べている。

(2)  このように、被告人の抵抗の有無、抵抗しない態度を示したか否か、警察官が警棒で被告人を故意に殴打したか否か、車外に被告人を出してから不必要かつ過剰な暴行を加えたか否かなどについて、双方の供述は食い違っているが、堂新橋の証言は、被告人の負傷・出血状況(甲第七号・写真2、検第四号・写真3ないし6)、車両・フェンスの破損状況(甲第七号・写真1、3、検第二号)等の客観的状況にもおおむね沿う内容であって、その信用性に特に疑いを生じさせるような事情の存在は見出し難い。

これに対し、被告人の供述は、運転席側窓の外に来た警察官に対して、両手を上げて抵抗しない姿勢を示したと言いながら、他方、容易に可能であった運転席側窓を開ける、ドアロックを解除する、ドアを開けて下車する、エンジンを切るなどの動作を全く行っていなかったことが明らかであるから、このような不作為としての行動は被告人の右供述に沿わない対応というほかないこと、被告人は多数で襲われる恐怖感で一杯だったという一方、うつ伏せに組み伏せられた後にも、殴られたことについて大声で文句を言ったりしたとも述べるなど、不自然な点が多く、被告人の右供述は、信用性に乏しいものというほかはない。

してみると、被告人の車両が立往生し、被告人が運転席から降ろされ、本件大麻が発見されるまでの状況は前記(一)の(4) ないし(8) において認定したとおりであり、とりわけ警察官らが被告人運転車両の窓ガラスを警棒で割り、被告人を車内から引きずり出したのは、被告人が警察官の指示に従わず、乗用車を暴走させた上、車輪が窪みにはまった後もエンジンを吹かし続けてあくまでも逃走を試みたり、ハンドルにしがみつくなどして激しく抵抗したためであること、被告人が顔面挫傷を負ったのは、警察官の意図的な殴打に基づくものではなく、ガラスを割った警棒が勢い余って当たった可能性も否定できないものであること、車外に出された被告人を三名の警察官がうつ伏せに押さえつけ、後ろ手錠をしたのも、引き続き被告人が暴れていたのを制止しようとしたものであることがそれぞれ認められる。

(三)  以上の認定事実に基づき以下検討することとする。

(1)  右の暴れていた被告人を制止するため後ろ手錠をするに至ったここまでの一連の警察官らの行為は、なおも暴走しようとする車両を停止させ、被告人による更なる器物損壊、人身被害等の危害発生を防止するためのものであって、警察官職務執行法五条の犯罪の制止行為として必要かつ相当と認め得る範囲内のものであったと認めることができる。

(2)  しかし、その後、大麻取締法違反による現行犯逮捕をするに至るまでの間における後ろ手錠をするなどした拘束は法的根拠を欠くものであって違法というべきである。この点について、堂新橋は、前記のように、手錠を外すとそれまでの状況から更に抵抗され、夜陰に紛れて逃走されるおそれがあったことから、その抵抗防止と逃走防止を図ったものであり、これは職務質問を続けるために行った旨説明するが、既に認定したとおり、この時点においては被告人は落ち着きをみせ、職務質問にも平静に応じていたものと認められるから、この段階に至ってなお、職務質問の続行等のためとして被疑者に手錠をかけるなどしてその身体を拘束することまで許容されるものと解することはできない。

また、それに引き続いて行われた覚せい剤、大麻に関する質問の継続、その質問結果に基づく自動車内の捜索、本件大麻等の発見、大麻等に対する予試験、現場における被告人に指示させてした写真撮影などの一連の行為は、この違法な拘束中になされたものである上、(1) でみたようにもともとは適法な拘束がなされたものであったとしても、前記のように負傷して顔面から出血している被告人に後ろ手錠をし、両脇を警察官が押さえるなどによる強力な制圧行為の下で行われたものであって、これらの一連の行為を右違法な拘束と隔絶させ、被告人の自発的供述、真意の承諾等に基づく適法な任意捜査として許容することは相当ではないというべきである。

(3)  他方、前記認定のとおり、被告人が、警察官らの職務質問に応じないのみならず、自車を急発進し暴走させた上、前記駐車車両及びフェンスに対する器物損壊罪を犯すとともに、警察官らの適法な職務質問に伴う行為や犯罪の制止行為を妨害するという公務執行妨害罪を犯しているものと認められるから、警察官らがこれらの罪の被疑事実によって被告人を現行犯逮捕することが可能であったこと、これらの逮捕が履践されていれば、前記の適法な制止行為の後も、被告人の身柄拘束を適法に継続することができたこと、本件大麻は、被告人が逮捕直前まで運転していた自動車の助手席に置かれていた小型のトランク内のタバコケースの中にあったものであるから、被告人の指示がなされなかったとしても、警察官らにおいて、前記器物損壊罪等の現行犯逮捕を行い、その逮捕に伴う捜索を実施していれば、容易にこれを発見できたものと考えられること、被告人は、右のような身柄拘束状態の下にあったとはいえ、引き続き行われた覚せい剤や大麻に関する質問に素直に答え、本件大麻の所在を指示し、車両内の捜索、トランクの開披等についても承諾しており、警察官らが右各承諾を強要するような状態にはなかったこと、警察署引致後の尿の提出についても、当初は渋ったものの、拒否したことはなく、間もなく任意に応じたものであること、被告人の車両を暴走させることによる逃走企図、激しい抵抗等のあった本件のような状況下においては、そもそも適法な拘束がどこまで許容されるかという現場の警察官らによる判断作用においてこれら被告人の直前の行動が過大に認識されて判断を誤ったと解されるのであって、警察官らにおいて令状主義に関する諸規定を潜脱する意図はなかったことなどの事情も認められる。

(四)  以上の諸事情を総合考慮すると、警察官らの被告人に対する前記後ろ手錠をするなどした身柄拘束の継続は、その手続の選択を誤った点において違法であるが、前記認定の本件の状況下においては、その程度は、必ずしも重大なものとはいえない。また、被告人が本件大麻の所在を指示し、その捜索やトランクの開披等について承諾した点についても、右のような身柄拘束状態の下であった点を除けば、これを強要するような状況になかったのである。そうすると、本件大麻は、右違法な拘束中に行われた質問に答えた被告人の指示に基づいて発見され、その承諾を得て行われた予試験の結果等に基づき押収されたものであり、その所持による現行犯逮捕及びその逮捕期間中になされた尿の任意提出等についても、違法性を帯びると考えられるが、その程度は令状主義の精神を没却するほど重大なものではないというべきである。

(五)  以上のとおり、本件において警察官らが被告人の自動車の窓ガラスを割り、被告人を車外に引きずり出し、後ろ手錠をかけて拘束した行為は、警察官職務執行法五条の犯罪等の制止行為として適法なものであり、それに引き続いて行われた身柄の拘束及び捜索については、現行犯逮捕の不履行等の違法はあるものの、実質的にはいずれも根拠があったものであって、その違法の程度は重大とまではいえず、それに引き続く被告人の現行犯逮捕及びそれに伴う本件大麻の押収、その逮捕中に任意提出された被告人の尿及びその鑑定結果等についても重大な瑕疵を帯びることはないと認められるから、本件大麻や各鑑定書等を証拠として採用し、これらを根拠として原判示第三、第四の各事実を認定した原判決には、所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反はない。また、以上の認定、説示で明らかなように、前記法令違反の事実を証明する新規かつ明白な証拠の存在を理由とする再審事由も認められない。論旨はいずれも理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役二年六月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討することとする。

本件は、被告人が平成九年五月二二日、遊び仲間と共謀して、自転車に乗った女性から現金約二万二〇〇〇円等在中のバッグ(時価合計一万五〇〇〇円相当)をひったくり(原判示第一の事実)、同月二六日路上駐車の乗用車一台(時価八〇万円相当)を窃取し(原判示第二の事実)、前記のとおり平成一〇年八月一〇日、覚せい剤を使用し(原判示第三の事実)、大麻樹脂を所持した(原判示第四の事実)という事案である。そして、被告人は、平成八年四月窃盗罪(車上狙いと自動車盗)により懲役一年六月、執行猶予三年保護観察付きの判決を受けながら、その猶予期間中に無免許運転をして平成九年一月懲役二月に処せられ(同年四月控訴棄却)、同年五月七日その刑の執行を受け終わったのに一月も経ずに原判示第一の犯行を敢行した上、引き続き第二の犯行に及んでいること、そして同種の前記前科や前歴があることも考え合わせると、被告人には窃盗の常習性がうかがえる。また、被告人は少年時代からシンナーや大麻を乱用し、覚せい剤も平成九年六月から使用し始め、同年一〇月ころからは、家出少女と盗んだ自動車内で生活するなどしながら、同女と共に覚せい剤使用を繰り返して、本件覚せい剤使用、大麻所持の犯行に及んだというのであって、薬物に対する親和性、依存性も顕著であることなどに照らすと、本件の犯情はよくなく、被告人の刑事責任は決して軽いものではない。

そうすると、被告人が、病気の父親の身を案じ、社会復帰後は不良な交友関係を断ってまじめに働くなどと述べて更生の意欲を示すなど、本件各犯行について反省の態度を示していること、養母が当審公判廷で被告人の更生に協力する旨述べていること、その他被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を懲役二年六月に処した原判決の量刑は、やむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

四  よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河辺義正 裁判官 廣瀬健二 裁判官 中谷雄二郎)

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